教授と話をしていた時に、貴族的享楽生活について下品だなんだとガミガミ言ってたら「ルソーっぽいね( ‘-^ )」と言われ「(えっちょっルソーってなんかトチ狂ってるとか良く言われているあのルソーだよね)どゆこと…!?」と愕然とした勢いで読んでみたらクソハマってしまったルソー。 偶然にもレジュメをまとめることになったところに、人間不平等起源論とかおもしろいよ~と推薦され、似ているというのが本当なのか一体どんなやつなのか突き止めに言ったのが全ての始まりであった。「人間不平等起源論」の熱っぽい献辞と壮大な自然状態のイメージに圧倒されつつ、読み終わる頃にはドンハマりし、図書館に返すのがあまりに惜しくて自伝ものに手を出し魂のピュアさに震える毎日を送っています。ていうかまさかこんなにハマることになろうとは思っても見なかった。畜生悔しい。マゾのクセに!!!!! と言うわけで、読んだ本の内容と感想をまとめておく。 「人間不平等起源論」ルソーくんがあらゆる偏見を取っ払い自然状態において人間という概念的に全裸になり、徐々に現在の状態になるまで服を着ていくという壮大な逆ストリップショー。なんとなく語り口調がポエムっぽくて、どこか恍惚とした空気を感じさせるけど、多分想像力が凄い勢いで飛び交っていて半夢想状態なんじゃないかなと思います。 ジュネーブへの熱っぽい献辞にはじまり、第一部は「想像してみてください…」というルソーの想像力の導きのもと、人間が社会など何にも持たずに動物たちにまじって生きていた状態を自然状態として想定します。今の私達から見れば、うんまあ進化論とかあるしせやなって感じなんですけど、あの頃は教会の力が強くて創世記がリアルな歴史として語られていたような時代なので、割とこれは実際の歴史とは関係ない理念的な想定なので~と慎重にやってます。内容としては、ホッブズやロックの自然状態はまだ偏見を脱ぎ捨て切れていない!としながらもっと全力で偏見を脱いでいく感じです。全裸になっても尚残っている人間の素晴らしい本性は「憐れみの情」だとかいう話もでてきます。 第二部は様々な偶然によって人間が徐々によりあつまってきて、やがて社会になるまでの過程が描かれてます。じわじわと服を着ていくかんじですね。ここで、自然的不平等(才能、運など)と社会的不平等(強さ弱さ、利己心、富)の区別とそれぞれの起源がしめされます。自然的不平等があるのは仕方なくて、ただそれだけある分には問題なかったのに、それによって才能がある人の方がよい評価を受けるようになると嫉妬が生じて社会的不平等へ~という流れがなるほどねって感じで割りと参考になりそうでした。区別って大事!自然状態がどんどん人間の手によって穢れていく様が怒涛の勢いで結論に向かって展開されていき、それにつれて文章の攻撃力も増していくのでゲキアツです。ルソー自身の注釈になると、批判的な内容が多く、ブラックジョークをかましながら気だるげに論敵を叩いているルソーくんが居ておもしろかったです。「自然に帰れ!」という題の注釈で、私達は自然状態に戻る事はできないけれども、このようになったのはきっと神に近づいていくためなんだ、というようなことを言っていてせやな分るで!!!!!!!!!!と盛り上がりました。ここで私のルソーくんへの信頼度だだあがりましたね。いやー、一緒に頑張ろうね! ボリュームもお手軽で、内容も変に小難しくなく柔らかい語り口調なので、自然と社会の対比がややこしくてめんどいところを覗けば、割ととっつきやすい本だなと思いました。オススメしてくださった某氏ありがとうございますハマりました。 あと解説もかなり丁寧で、内容に沿いつつ細かく思想を説明してくれているので入門としてもよさそうかも? 個人的に、ジュネーブに対する献辞の解説、というかそれのバックグラウンドが深くて、読んでよかった、と思うと同時に凄くルソーが好きになったのでよいですよ。ちなみに、献辞は「わたしのかんがえたさいきょうのこっか」を楽しく語っているとみせかけて、市民と国家両方を諌めケンカを仲裁するべくかかれたものらしく、また人間不平等起源論の内容自体も結構それに関係しているので、うおおお戦っていやがる!!と私がぐっときました。いいねルソー。嫌いじゃない。 「孤独な散歩者の夢想」(正確には「ルソー・コレクション 孤独(白水社)」(「孤独な散歩者の夢想」と「マルゼルブ租税法院院長への四つの手紙」収録)。装丁が綺麗でなんかオシャン。)
ジャン=ジャックという名の臆病で神経質なうさぎさんが人間社会から解放され一人楽しく花咲く小道をお散歩する系自伝。私は勝手にルソーの自然状態を「種」にたとえそれが持つ潜在的な力が自己改善能力によって開「花」していくというイメージで捉えていて、こんな絵を描きつつルソーくんに対してなんとなくフローラルなイメージを持っていたんですが、実は植物学にちょっとハマっていた彼はお散歩中にお花を観察したり珍しい花を摘んで押し花にしたりとマジでフローラルな感じだったので私はわなわなしながら萌えました。特に第五の散歩は、ルソーが一番自由に自然と戯れることが出来た時期の回想がずっと続くので、ルソーくんの魂のぴゅあさと純真無垢さが炸裂していてヤバいです。特に、湖にある小さな島まで冒険にでかけて、一人きりでいられるよいスポットを発見したルソーくんが、「そうだ、これだけ静かで気持ちのいい自然のなかなら臆病なうさぎも安心して繁殖できるにちがいない!」と思いつきうさぎを連れてきて繁殖させるところとか、おまえ、おま、うさぎっておまえ…かわいすぎかよおまえがうさぎさんだよッ!!!!みたいな気持ちになりました。本当、散歩を心から楽しんでいるルソーくんがマジでかわいいです。あと、ルソーくんは基本的な性格としては不器用すぎるくらいに真っ直ぐで人懐っこく、誰かの幸福のために尽くしてやるのが好きな人なようで、純粋な気持ちで人と戯れるルソーくんの姿も見られ、良い子好きの私としては震えざるを得ませんでした。脳みそお花畑かよ…ッ自然状態かよ……ッ!という気分です。 しかしまあ、そんなふわふわな魂を持っていたが故に、エミールと社会契約論が断罪されて、いたるところでリアルに石投げられる生活を送ったルソーくんの心は荒みきってしまっており、「もう本当人間とかこわい…あの人達何言っても私のこと信じてくれないし…私はこうして独りでじっと静かにくらしますよ…」とよくいじけています。そもそも書き出しが「こうして私は、いまや自分自身のほかには兄弟も、近しい者も、友も、付き合う相手もなく、この地上に一人きりになってしまった。人間のうちでいちばん付き合いやすく人なつっこくもある男が、みんなの合意で仲間はずれにされてしまったのだ。」から始まるのでもうテンションとしてはお察しです。全体的にこんな感じです。過剰ともとれる被害妄想がちらほらみえるけど、どうやら彼は人に一度裏切られて以来、彼がもともと想像力豊かだったっぽいところも相まって人の「闇」に対してめちゃくちゃ不安に思うことになってしまったようなので、まあ仕方ないかなあという気もしてきます。だがヒュームには謝れ。 ルソーくんの思考の方向性としては、基本的に人間不平等起源論と同じでした。依存的な社会って怖いね。やっぱり心は自由じゃないと愛ある契約も結べないよね。しかし、義務的な善行はいやだーという話とか、割と思想的に検討のよちがありそうなところもちょこちょこあったので、頭にとめておきたいところ。 ツァラトゥストラに出てくる、山に住んでる隠者(序説で出てくる人)をすごい思い出した。
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September 2015
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